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『ぼくは落ち着きがない』。
2008.11.01 (土)
 長嶋有『ぼくは落ち着きがない』の感想をこちらに。

 長嶋有を読むのは2作目。実は1作目を読んだ後、とくに「追いかけたい!」という気持ちにならなくてそのままになっていたのだけれど、尊敬する書評家の方の絶賛を受けて読んでみようという気になった。

 その話になったときにチラッと出た話なんだけれど、小説の構造を家に喩えると、建築家が設計図を”読む”ように小説を”読める”人にとっては、その小説の構造の素晴らしさ、というのは一発でわかるのかもしれない。「この場面をここに挟むことによってこのようにこの作品は他とは違った美しい構造を持つ」とか、「この挿話がこの作品の柱をなす」みたいに。
 わたしは一般人で小説の構造をちゃんと勉強したことはない。だから、そういう構造上の「絶対外せない柱」なんて実はあんまりわからない。わたしが目を惹きつけられる箇所が、単なる「見栄えはいいけど建築的に全然必要じゃない出窓」とかだったりして、わたしが「すんごい好き好き!!」とか言ってる作品が実際にはものすごい粗雑建築だったりしても、もしかしたらわからないのかも、しれない。

 でも、わたしは結構自分の感性を信じている。w
 構造上どういう理屈かはわからないけれど、住んでみて気持のいい家だろう、というのはなんとなくわかるんじゃないか、と思っている。これはけっこう斬新に見えるけれど実は見せかけじゃない?というのも、わりと、見抜けるんじゃないかという根拠のない自信がある。w
 その自信の根拠は、きっと、「住むのはわたしだ」という自負だ。
 「その小説を愉しむのは他の人じゃなくて、わたしだ」という。

 たぶんこの小説は「優良建築」なんだな、と思う。
 だって信頼できる方がそう仰っているし。

 でも、わたしの「住みたい家」とは、ちょっと違うかなあ。

 なんかわかりづらい喩えでスミマセンが。w
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【記事編集】 20:54| 国内作家 な行| トラックバック:0| コメント:0Top↑
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